ポップカルチャー偏愛記

なんだかんだで結局J-POPにどっぷり浸かり救われながら日々を送る29歳の、切々たる日々に触れるすべてのポップカルチャー(主にジャニーズ)についての記録

ファンレターを書いたらいつのまにかヒロイズムに全面降伏していた

「HAPPY ENDING」、実はあんまり好きじゃなかったんです。

「ひとりだなんて思ったら許さない」って、結構強い言葉じゃないですか。どうも、無理やりドアを開けられて、驚いているあいだに居間まで上がってこられて、がしっと肩を掴まれて至近距離でその言葉をいわれるような感覚がして、ものすごく引っかかった。どうしてここまで必死めいた言葉をNEWSが、そしてわたしたちがいわなきゃいけないんだ…?と不思議だった。

『NEVERLAND』の「U R not alone」では、そんな感覚抱きませんでした。終始「僕」の話だからでしょうね。「僕」が叫んで、「僕」が誓って、「僕」が歌って、それがいつの間にか自然発生的に「僕たち」の歌になっている。あの歌を聴いていたら、いつのまにか、わたしも「僕たち」のなかに入っている。さっき「ドア」を喩えに使ったからそれを踏襲すると、ドアの外からこの歌が聴こえてきて、外に出てみたら、自然と自分も歌の輪に加わっていた、そんな感じ。

「HAPPY ENDING」は、生で聴いたら印象は変わるかな、と思ったけど、実際そんなこともなかった。ライブで聴いて、みんなで歌っても、やっぱり違和感は違和感のまま残った。ただ単に「U R not alone」のエモさをどうにか超えるためのパワーワードが欲しかっただけなんじゃないんですか、ヒロイズムさん?と邪推したくなるくらいの違和感。

それはたぶん、わたしが「ひとりだなんて思っ」てなかったし、NEWSも「ひとりだなんて思」うはずない、と感じていたからだと思う。そう、これまで、わたしは「HAPPY ENDING」の当事者じゃなかった。

 

だけど、今回の騒動でいろいろ考えて、いちばん叫びたいって思ったのは、

 

おい、キミたち万が一にもひとりだなんて思ったら許さんぞ

 

でした。

まさかそんなことはないとは思うけど、念のためいうけど、ひとりだなんて思わないでくれ。NEWSの力になりたいって思ってる人いるから。たくさんいるから。

あ、わたしそれを伝えたくてファンレターを書いたのか、って、すべて書き終えたあとに思い至りました(遅い)。

いや、実はファンレターを書こうと決意したとはいえ、何を書けばいいのかまったくわからなくて、もうペンが走るままに任せよう、と下書きも何もなしで書いたんです。書き終わったあと、4人宛てのハガキをそれぞれ読んでいて気づいたわけです。

 

はーやれやれ、アイドルを好きになるって全然単純じゃないよね。

日常生活で会える人なら、こんなとき、すぐにでも電話したり、家に突撃したりして安否を確認できるし、顔を見てほっとできるし、このバカアホマヌケ、ってコブラツイストでも何でも技をかけたりできるし、大丈夫だよ、ってぎゅっとしたりできるし、ごはんつくってあげられるし、そうやってわたしの心配とか不安ってすぐに解消できるじゃないですか。だけど、アイドルにはそういう一切の直接的な行動がとれない。こちらの気持ちは、文字や行為でちびちびと示すしかない。そういうファンの行為が積もり積もって向こう側に届くと信じていますがね。

そう思うとコンサートって本当に大事で貴重な機会ですよね。コンサートでは、一見、わたしたちは集合体としての「ファン」であるように見えるけど、集合体としてみんなまったく同じことを考えているなんてありえない。むしろ数万人のファンそれぞれがそれぞれの想いを抱えている。そしてたぶんNEWSは、それぞれの想いをちゃんと感じてるんですよね。それはまっすーと目が合ったときに思ったよ。

だから早く4人に会いたい。早く4人にわたしの気持ちを伝えたい。

そしてわたしの気持ちは、恨みでも怒りでも悲しみでも呆れでも何でもなく、大好きだよっていう気持ちだけだし、だからずっとそばで応援させてくれって思うし、ほんと、ひとりだなんて思ったら許さないからね、ってことだけなんですよね。

 

というわけでヒロイズムさん、「HAPPY ENDING」に関しまして変な邪推をしていてすみませんでした。この曲を、わたしが当事者としてこんなに必要とする日が来るとは思ってもみませんでした。もしかしてヒロイズムさんは作詞・作曲家であると同時に預言者でもあったりするのだろうか。これからも畏怖とともにヒロイズムさんの作品を愛していきたいと思います。かしこ

 

 

EPCOTIA(通常盤)

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NEVERLAND(通常盤)

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