ポップカルチャー偏愛記

なんだかんだで結局J-POPにどっぷり浸かり救われながら日々を送る29歳の、切々たる日々に触れるすべてのポップカルチャー(主にジャニーズ)についての記録

関ジャニ∞〈GR8EST〉コンに感じた関ジャニ∞らしさ

エイターの友人に誘われて、〈GR8EST〉コンに行ってまいりました。

僭越ながら、関ジャニ∞初心者のひとつの感想、印象として、ここに残しておきたいと思います。

終わった後にがーっと下書きを書いて、そのあとちょくちょく加筆したものになるので荒削りですが、いち記録としてもろもろお目こぼしいただければ幸いです。すみません……

 

 

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耳で認識する不在 

わたしは、関ジャニ∞が6人であるという事実を、彼らの歌声で認識しました。 

 

眼は耳よりも騙されやすい。

わたしは、グッズのポスターなども無意識に7人の姿を見ていたし、ステージでガンガン照らされる照明のなかにも、7人が横に並んでいる様を空目しました

眼ってわりとチョロいらしい。(わたしだけかも。そういや最近だと映画『ハン・ソロ』でも、オールデン エアエンライクがハリソン フォードに見えたりしたな)

 

だけど、これまで慣れ親しんだ彼の声は、会場ではまったく聴こえませんでした。 そこにいないのだから当然です。

だけど、どの曲を聴いても、耳が勝手にあの声を探してしまう。勝手に期待して、そして勝手にちょっとがっかりしちゃったりする。

すばるくんの不在を認識している誰もが同じだっただろうと思いますが、6人のステージに完全に没入するのは、なかなか難しいものがありました。

 

新曲「ここで」

そんななかで純粋に6人の楽曲として楽しめたのはこの曲。まあ当然っちゃ当然なんですけども。

WANIMAらしい明解なメロディと曲構成とメッセージ。「LIFE 〜目の前の向こうへ〜」みたいに、何度歌ってもきっとへこたれない、いつまでも強度を保ち続けるんだろうと思わせる曲自体のパワー。一見、実に関ジャニ∞らしいのに、パンクなバンドサウンドに乗った6人の歌声はどこか新鮮。6人となった関ジャニ∞にまさにふさわしいと思いました。

そう、100%、6人の関ジャニ∞の歌でした。

6人の関ジャニ∞の歌、つまり、すばるくんが歌ったことのないメロディ。すばるくんが歌ったことのない歌詞。すばるくんがいたことのない歌割。

〈いたけどいない〉のと、〈いたことがない〉のはやっぱ違う。

耳は、〈いたけどいない声を探す〉ことは簡単でも、〈いたことのない声を聴こうとする〉のは難しい。こうやって耳は、6人の関ジャニ∞の歌声を吸収していって、少しずつ慣れていくのだろうとぼんやり考えました。 

 

「100%楽しめないエイトコンは初めて」

わたしは正直、ナゴヤドームに行くまで、「いくらアニバーサリーとはいえ、今年は無理してツアーやらなくてもよかったんじゃないか」ってちょっと思ってました。

NEWSの4人での活動再開に簡単にはGOを出さなかった増田さんは、1万字インタビューで「『これで絶対にいける』と自信が持てるものをつくることを優先したかった」と語っていました。

今回のツアー前の関ジャニ∞が自信満々だったかっていったら、そうじゃなかった。意地も不安も虚勢も諦めもあった。あれだけはっきりとJ-webで書いてくれたから初心者にもその雰囲気は伝わりました。

だけど、関ジャニ∞は、立ち止まらず、振り返らず、仕切り直しせず、そのままの速度で進み続けることを選んだわけです。

安田くんはJ-webで、このツアーはすばるくんがいない現実を受け止めてもらうツアーであると同時に「RE DEBUTでもある」と綴っていました。

だけど、ナゴヤドーム公演は、美恋魂映像からNEWSを好きになった身として認識している、幸福と興奮と歓喜しかない〈再始動〉の場とは、やっぱり少し違いました。

全編通して、周りの反応は様々でした。

ずーっと元気でハチャメチャに楽しむエイターもいれば、涙を流すエイターもいた。呆然とステージを見つめ、身じろぎもしないエイターもいた。

わたしの友人は公演終了後、「もちろん総じて楽しかったけど、やっぱりすばるくんがずっとちらついてた」「100%楽しめないエイトコンは初めてだ」と軽く笑って、ため息をついていました。

この声を聞いてわたしも泣きたくなりましたが、彼女の反応も当然だと思いました。

誰もが事実を、頭で理解はしているはずです。だけど、感情がそこに追いつく速度はみんな違う。誰もが100%楽しめなくたって当然です。そこで悩む必要も、自分を責める必要もない。そうやって友人を慰めましたが、彼女にはわたしの薄っぺらい言葉なんて届かないだろうということもわかっていました。今、誰が何をいったってしょうがない。これからの6人を見つめているしかない。

 

それでもツアー開催を選んだ理由

でもエイターのそういう混乱した気持ちをわかってる関ジャニ∞は、それを解消するために、「今」「ここ」で自分たちが進む姿を見せることを選んだわけなんですよね。

わたしはナゴヤドームでのパフォーマンスやMCで、それをはっきり感じました。

パフォーマンスへの自信とか完璧さとかじゃなくて、とにかくエイターへ会いに行くことがこのツアーの第一義。まあゆうても素人ですし、勝手なことを言ってるなって聞き流していただければと思うんですが、わたしはそう感じて結構腑に落ちたんです。

何か大変なことが起こって、不安や混乱で頭がいっぱいでも、同じ不安を持つ者同士が集まっただけでちょっとほっとする、みたいな。これからのことがちょっと見えてくる、みたいな。そういうのってありますよね。

たぶんそういう場を、一刻も早く提供したかったんだろうし、そして関ジャニ∞も、早くエイターに会いたかっただろうなと。

 

だって、関ジャニ∞とエイターって、いつもいっしょじゃないですか。

関ジャニ∞とエイターって、いつも手をつないでるじゃないですか。

ほら、「俺たちが最高で最強の関ジャニ∞」。その台詞を横山さんが決めるとき、会場全体が必ず手をつないでいるじゃないですか。

つまり、「俺たち」は会場全体であり、「最高で最強の関ジャニ∞」は会場全体ってことですよね。

わたしが初めて購入した関ジャニ∞のライブDVDは『元気が出るLIVE!!』なんですが*1、あのときに感じた〈関ジャニ∞のメンバーとしてのエイター〉の姿は、ナゴヤドームにもありました。

なるべく多くの人が、なるべく早く、関ジャニ∞と同じ場所から同じ景色を見れるように、関ジャニ∞は気を配っている。その手をとれば、わたしたちもきっと少し前に進める。関ジャニ∞がいう「ついてこい」は、「俺ら各々ダッシュして先行くから、ついてこれるヤツだけついてこい!」じゃない。彼らはいつも手をつないでいるし、そして今もエイターのほうを向いて、手を差し伸べている。

そんな姿がみえました。

 

chatnoirpop.hatenablog.com

 

上記記事で引用したA.B.C-Z橋本くんの言葉が好きなので再度参考にすると、アイドルは、アイドル単体じゃ成り立たない。ファンがいてこそのアイドル。そしてアイドルそれぞれに、ファンとの向き合いかたがある。

どうも最近、ファンとしての流儀を考え始めて哲学書などにまで手を出しつつあるわたしですが(こじらせNEWSファン)、シンプルに応援したい、っていう気持ちを大事にしよう、とエイトとエイターのみなさんを見ていて、気づかされました。ありがとうございました。

 

1万字インタビューでまっすーが言っていたとおり、そして確か亀梨くんもどこかの音楽番組で口にしていた記憶があるけど、アイドルはそのエンターテインメントで純粋に勝負すればいいのであって、グループに〈試練〉も〈物語〉も本来まったく不要です。わたしたちが見たいのは、ステージで勝負する彼らの楽しそうな姿であり、わたしたちが望むのは、彼らのアイドルとしての、そして人としての幸せです。つらそうな姿は見たくないし、無理もしてほしくない。

だけど、〈試練〉に相対したときに、自分の頭で考えて、自分の言葉を発信し、自分の身体で闘って、自分の足で前に進む、好きな人たちのそういうカッコイイ姿を見せられたら、もっと好きになるに決まってる。

たとえ今後、ファンである自分が望むような道を彼らが進まなくとも、彼ら自身がその道を選んだのであれば、わたしも全力で応援したいと改めて思いました。

 

 

 

というわけで以上、エイターを含めた〈関ジャニ∞らしさ〉を目の当たりにしたナゴヤドーム公演でした。

オーラスまで体調に気を付けて、無理をせず、今できる最高のエイターテインメントを届けていただければと思います。応援しています。

 

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ここに (通常盤)

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*1:当時関ジャニ∞のことをまったく知らずに書いた記事(今も全然詳しくないけど…)。今読むとすごい勝手なことばかり書いていてほんとすみません

chatnoirpop.hatenablog.com