ポップカルチャー偏愛記

なんだかんだで結局J-POPにどっぷり浸かり救われながら日々を送る30歳の、切々たる日々に触れるすべてのポップカルチャー(主にジャニーズ)についての記録

わたしが考える〈アイドル〉と〈ファン〉 ②恋でも宗教でもなく

全ジャニーズファンが他人事とは思えないであろう嵐の活動休止が発表されたタイミングで、この記事の続きを書きたいと思います。

わたしのアイドル観は前回の記事で長々と書いたので、今回は〈アイドルとファン〉の話(また長いですすみません)

 

chatnoirpop.hatenablog.com

 

アイドルは宗教なのか

さて、数年にわたる地道な布教活動が功を奏し、15周年コンから年始にかけて周りに一気にNEWSファン仲間が4人も増えたわたしです(母親と妹含む。単純接触効果は絶対にある)

長らくひとりでNEWSファンとしてやってきたもんで、わたしのNEWSへのほとばしる感情、すなわちパトスを、わたしと同じレベルで共有できるひとがいてくれるってすごくありがたいしうれしい。持つべきものは友。

 

でも、もしわたしが〈布教〉している対象が変なマルチやよくわからん宗教だったら、わたし相当危険人物だよな、って、布教活動を進めている自分がちょっと怖くなったんです(真面目か)

 

わたしは、こっちが必要としていないものを押しつけてきたり、こっちが現状に満足してるっていうのに「今のままじゃもったいないよ!」とかいってわたしの安寧を否定してくるタイプのありがた迷惑なマルチ商法の勧誘がだいっきらいなので(人生で自分が受けた唯一の勧誘が相当トラウマ。今も思い出して怒りが再燃してる)、自分は誰かに何かを押しつけないようにしたいとは思いつつ、でもNEWSを心の支えにしていたり、NEWSによって心の安寧が保たれていたり、NEWSが、あるいはNEWSに会うことが徳を積む動機になっていることは事実だし、そんなわたしがNEWSへの愛を語ることで誰かのNEWSへの興味をかきたてる、という意味では、わたしの活動は〈布教〉としかいえなくて、つまりNEWS、ジャニーズはやっぱ宗教ってことなのかな、と感じたりしました。

 

それでも、「アイドルを好きでいることは宗教と同じ」という言説に、うんうん、そうだよね、と素直に頷くこともできないんですよ。

それはなぜかというと、アイドルはいるんだかいないんだか、見えてるんだか見えてないんだかわからない神みたいな存在ではなく、自分と同じ人間だから。

 

彼らに聖性はない。水をワインに変えられるような超自然的な力もない。彼らに願えばわたしの望みがすべて叶うわけじゃない。彼らにも未来は視えないし、彼らを取り巻く物事全てがうまくいくわけじゃない。

むしろ緊張しちゃったり、泣いちゃったり、酔っぱらっちゃったり、冒頭のカッコイイところで転んだり、泣かないようにって般若みたいな顔して我慢したり、歌いだし間違えちゃったり、メンバーの肩噛んだりする(ん?)、わたしたちと何ら変わらない人間です。わたしは、彼らのことを、まったくの人間として見ているんです。

そりゃ確かに、コンサートでの神々しい姿や、天使のような笑顔や、ちゅるちゅるの肌や、天才的なスタイルや、強い目力に、「これぞ超自然的存在…!! これぞ至高…!! これぞ真・善・美…!!!」と手を合わせたくなることはある。

だけど、当然ながら、どう考えたって、彼らもひとなんです。わたしと同じなんです。

 

明日のわたしが今日のわたしに同意しないこともある。それと同じように、明日の彼らが今日の彼らとまったく同一なんてことはありえない。

彼らはひとであるので、可変である。その可変性が揺るぎないものである限り、不変とされている〈神〉を信仰する宗教と、彼らを愛する気持ちは、わたしのなかではどうしたってイコールにはならない。違うんです。

わたしは絶対的な存在として彼らを愛しているわけではなくって、もがいて苦しんで楽しんで泣いて考えて笑って自分の足で前に進む、人間としての彼らが好きなんです。

 

だから、わたしの、あるいはもう乱暴にわたしたちの、といってしまいますけど、彼らへの気持ちを、安易に「宗教みたいだね」とは片づけないでほしいんです。

 

じゃあ恋なのか

でも、じゃあ何なの?と訊かれるとめちゃくちゃ困る。

感覚としては〈美しい恋〉がいちばんふさわしい表現だと思うんですけど、わたしも〈美しい恋〉を真に理解したのって、自分が実際に体験してからなので、 

(参照) 

chatnoirpop.hatenablog.com

 

この気持ちって名状しがたいんだよなと思いつつ、簡単に「まあ恋に近いよね」とかいっちゃったりしちゃう。

彼らのことを好きで、幸せでいてほしいって思ってて、彼らのことを支えたくて、目が合っただけで顔を赤らめるんだから、いや、たしかにこれは見るひとによっちゃ恋以外の何物でもないですよ。

 

あのほら、イメージ的には『耳をすませば』の夜明けの自転車のシーンでさ(急になに)

 

聖司「お前を乗せてこの坂登りきるって決めたんだ」

雫「そんなのずるい、お荷物だけなんてやだ。わたしも役に立ちたい」

(台詞は雰囲気ですすみません)

 

ってあるじゃないですか。これなんですよ。ね、聖司くんと雫ちゃんだよ? ほら、恋じゃないですか。恋の権化でしかないじゃないですか。

 

でも、ほんとのこというと、NEWSへの気持ちは少なくとも今のわたしの〈恋〉の定義にはあてはまってないんだよな。

 

30歳を迎えて2ヶ月経ったわたしにとって、恋って、ひとりの人間としての自分の弱み、強み、いいところ、悪いところ、あらゆるところを誰かと共有したい、そしてそのひとに、できるかぎり自分の隣にいてほしい、って想うことなんです。

わたしはNEWSにわたしのすべてを知ってほしいとも、物理的に手の届く距離にいてほしいとも思ってない。

わたしは個人としてのわたしと彼らのあいだの関係性が深まることを願って彼らを応援しているんじゃなくて、大きな会場を埋め尽くす、ペンライトの光のひとつになって、それを彼らが眺めて、きれいだなあって思ってくれることがうれしくて、「ありがとう」っていってくれるのがうれしくて、「うれしい」って思ってくれるのがうれしくて、彼らを応援してるんですよね。

だから、リアルな意味での〈恋〉とは、わたしにとって全然違うんです。

 

答えはNEWSがくれた 

だから恋でも宗教でもないんだよ…違うんだよ…でもだからなにっていわれると……ああ困った…と長らく悩んでいたわたしですが、めちゃくちゃあっさりと答えをくれたのは、 他でもないNEWSでした。

 

その答えは今年の1月16日に発売された、『NEWS ARENA TOUR 2018 EPCOTIA』Blu-ray初回盤にあった。

Discography(NEWS) | Johnny's net

 

いつもの巨大サイズ(NEWS初回盤を初めて手にする友人たちの新鮮な「え?!なにこれデカくない?! 」にいつも初心に帰らせてもらってる)のパッケージ。それを開いて、ディスクを取り出したところに書いてある文章。

 

 

NEWS ARE MADE OF FOUR PEOPLE.

THEY ARE OUR SIGNPOST LIKE STARS.

 

 

これを観たときにわたしははっとしました。

 

 

星のようにわたしたちを導く道しるべ

 

 

ああ、これこそわたしとNEWSの関係だ、と。

 

 

隣にいて、わたしのすべてを知って受け入れてくれる恋人でも、神様みたいにいるんだかいないんだかわかんない存在でもない。

目で見える。だけど、暗くならないと見えない。

明るく輝いているんだけど、実際はすごく遠くにある。

あこがれるけど、手を伸ばしても届かない。

 

つまり、アイドルになるってことは、誰かの道しるべになるってことなんだ。

だから、わたしたちはあこがれるんだ。

だから、アイドルでいるためには覚悟が必要なんだ。

わたしたちの道しるべとして輝いてくれているから、彼らがいてくれるだけでわたしたちは歩きやすくなるんだ。

 

道しるべなんて見つけられないひともいるはずだし、あるいは道しるべなんて要らないっていうひともいると思う。それはそれでOK。でもわたし個人としては、わたしの行く先を照らす、美しい道しるべを見つけられたことをうれしく、幸運に思います。

さらに、彼らが道しるべとしての役割を引き受けてくれていることを、心からありがたく思います。そして道しるべたる彼らの歩みも、誰かが照らしてくれますようにと祈ってる。

もちろん星にも寿命がある。永遠なんてないってわかってる。だけど、それでも、できるかぎり長く輝いてくれますように。

これは、道しるべに助けられながら前に歩いている、無力な民のイノセントな願いとして、許してもらえたらうれしいな。

だってさ、もし夜の海で北極星を見つけられなかったら、そのまま遭難しちゃうわけだからね。不安でしかないよ。そういう意味で、今回、嵐さんが約2年も前に活動休止の報告をしたのは、最大級のやさしさだなと感じます。北極星がなくなってしまうっていうのなら、こちらはこちらで遭難の心づもりをしたり、その代わりになる星をみつけたり、羅針盤を発明したりしなきゃいけなくて、その時間はあればあるほどいいのかもしれないから。

 

 

アイドルとファンの姿が泣ける理由

ここからは少々話がずれます。

アイドルがファンの道しるべだってことはわかったんですけど、昨日のMステの録画を観て、嵐の「感謝カンゲキ雨嵐」での嵐とファンの姿にもう泣けて泣けてしょうがなかったんで、それについて考えたい。

どうして泣けたのか。

 

そもそもこの記事、安室さん引退の特集番組を観ていて触発されて書いたものだから改めてその話もしようと思うんだけど、イモトさんと安室さんが相対するあのシーンも、めちゃくちゃ泣けたんですよ。店員さんに扮した安室さんに混乱しながらもイモトさんが「すごくすごく大好きです」って伝えるシーン。安室さんが25年以上ファンのために〈道しるべ〉としてがんばってきて、それをずっと、遠くから見つめてきたイモトさんが、本人に直接、はっきりと「好きだ」って伝えることができたその瞬間。わたしは涙が出るくらいうれしかったんです。

 

昨日のMステの嵐の場合は、活動休止すると伝えてから初の嵐としてのパフォーマンス。だからこそ、真摯にファンへ気持ちを伝えて、ファンも、嵐の気持ちに全力で応えようとして。 

つまり、アイドル側の気持ちとファン側の気持ちが、あのとき、たしかに通じ合っているって感じたんですよね。

 

アイドルとファンって、どこまで行ってもアイドルとファン。

友人でも恋人でもない。だけど他人ではない。ほんと、〈アイドルとファン〉以上でも以下でもないんです。

特にビッグになっていくにつれ、物理的な距離は遠くなっていくばかりだし。

だけど、実は物理的な距離ってきっとあんまり関係ないんだよ。だって、アイドルはいつもファンを照らしているから。光って、1秒で30万キロも進むんだから。

つまり、どんなに物理的な距離が遠かろうと、どんなにファンサがもらえなかろうと、どんなに自分の方向に目線を投げてくれなかろうと、こちらが彼らを見つめているかぎり、わたしたちは見つめ合っているんです(なんかこの言いぐさ、量子力学的な雰囲気出てんな)

彼らの愛がわたしたちに届いて、わたしたちの愛が彼らに届いていると感じるとき。

わたしが涙を流すのは、いつもそういうタイミングです。

  

わたしが考える人と人との関係性

ここからはわたしだけの話かもしれないんでさらっと読み飛ばしていただいてもいいんですけど、ひとって、いくら距離が近づいても、何年もいっしょにいても、100%理解はし合えない、とわたしは思ってます。

もちろんその人のことを所有できることなんて絶対にありえない。

 

わたしは、特にシゲちゃんやてごちゃんの気持ちを想像しては、勝手に共感したりすることが多いんだけど、その共感も、福永武彦のことばを借りれば〈近似値〉的な共感なんです。誰かと誰かが、根っこまでまったく同じことを感じてるなんてことはない。まったく違う人間だし、まったく違う生きかたをしてきたんだから。

 

だから、アイドルに拘わらず、自分ではないひとには、勝手な期待を寄せたり、勝手に想いや感情を決めつけたりしないようにしたい。

とは思いつつ、距離が近くなってきちゃうと、いつのまにかそれを期待してしまうのがふつうになってたりするんですよね。そう、相手との距離が近すぎちゃうと、わたしの相手への〈愛〉に不純物が混ざってくる。

どうしてこうしてくれないんだ、どうしてわかってくれないんだ、どうしてそんなこというんだ、こんなことをいったら嫌われるだろうか、バカにされるだろうか、こんなことしたらがっかりされるだろうか。そういう苦しい気持ちが付随して、まっすぐに愛せなくなってしまう。

 

だけど物理的に遠い距離にいるアイドルへの愛には、そういう不純物がそこまでひどく混ざることはない。双方向だけど1対1じゃないし、コミュニケーションに物理的、時間的な制約があるから、そこに怠慢や気のゆるみが入り込む余地がない。

ただただ、いつだって、大好きって伝えたいだけだし、幸せにしたいだけだし、いっしょに幸せになりたいだけ。ほんと、純粋にそれだけなんです。

ひとりの人間とひとりの人間が向かい合ったときに生まれる汚さ(それが人間関係、特に親密な関係における醍醐味でもあったりするんですけどね)が、わたしとNEWSのあいだにはない。〈美しい恋〉というのはまさに言い得て妙。

〈汚さ〉がないゆえに、「アイドル好きって何が楽しいんだ? 虚しいだけじゃない?」っていう意見が出るのもわかる。だけど、わたしは全然虚しくない。

ひとえにめちゃくちゃ幸福だからでしょうね。めちゃくちゃ好きだからでしょうね。

それに、彼らのことが好きな自分を、結構好きだったりするんですよね。

うん、NEWSファンやってる自分って、悪くないなって思うんです。

リアルな友人しか観ないインスタのストーリーにNEWSのステマしかUPしないような自分、夜中までブログ書いちゃったりするような自分、新譜をワクワク待っちゃってる自分、玄関にメンバー4人のうちわを飾ってにやにやしちゃってるような自分。そんな自分が好きなんです。

だってNEWSが大声で「好きだ」って言ってくれてるし。

 

自分を愛することができなきゃ人を愛することもできない、って、陳腐に聞こえるけど、これはまごうことなき事実だ、と30年生きてきたわたしが断言します。

以前付き合っていた彼が、自分で自分のことが好きじゃないとかいっちゃうタイプの男子だったんですが、それ聞いてめちゃくちゃショックでしたもんね。

わたしが彼のことをこんなに好きだって言ってるのに、わたしの気持ちが否定されたように思いましたし、自分のことが好きになれないくらいだから、きっとわたしのこともそこまで好きじゃないんだろうな、って思った(そしてそれは間違ってなかった)

だから、自分のことが好きで、それと同じように誰かのことが好きで、その相手が自分に気持ちを返してくれる、って状況は、結構奇跡だと思う。

 

って、結局〈奇跡〉とか出てきて宗教めいちゃうんですけど違います、何度でもいいますが、これは〈美しい恋〉です。

〈美しい恋〉ができることなんて、生涯を通してたぶんそんなにないよ。それを知らぬまま一生を終える人だっていると思う。そう考えると、やっぱりわたしは幸運だし、だからこそこの関係性を大事にしたいって思います。

 

アイドルを好きでいることはかくも幸せであり、この幸せは何にも奪われない。

 

というわけでわたしはこれからも自分の道しるべを信じて歩いて行くのみだと考えています。

 

わたしの、そしてこの記事を読んでくれているすべてのみなさんの〈道しるべ〉が、できるかぎり長く、幸せに、輝き続けますように。

 

 

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